備忘録

備忘録をかねたアウトプット

読書好きのみなさまにおねがい

お願いなんですけど面白そうなとかためになりそうなとか見聞が広がりそうな本を教えてください。

 

というのも来月頭に5万円分の図書カードを貰うのでめいっぱい本を買おうと思ってます。

 

2月9日のスクーリングが終わるともう課題もなくて暇になってしまうのでたくさん本を読みたい。

 

山崎亮関連は買い漁ろうと思うし、落合さんの日本進化論は気になったので買います。

デザイン関連の事例集みたいなのも見つけたのでこの機にお買い上げしたいです。

 

新書、小説、自伝、イラスト集などジャンル問いませんのでぜひおすすめ教えてください。

 

この前限界集落株式会社読んで感動しました。

 

あんまり気にしていない

うっかり隣の席の友達がインフルエンザになってしまい、学校に行くのがマジでだるかった上、夜から頭が痛いしなんだか朝になったら腰も痛いということで学校をフケた。

 

そうしたら前日の時点で別の友達が学校サボると言うので金曜日は行かないことにした。

 

うっかりご連休キめてしまうことになったかわ冬休みが遅れてきたと思えば罪悪感は少ない。

 

冬休み働き詰め詰めだったので許して欲しい。

 

 

進路も決まって奨学金も決まって、なんのために学校に行っているのかイマイチ分からない。

現代文のセンター対策の問題は楽しいけど古典はさっぱり分からないので基礎からむしろやらせて欲しいし英語はもっとわからない。

 

ほとんどの授業が自習というか、もうこの授業使わない人は騒がなければ何しててもいいって感じで

それならぬくぬくと家で課題をやっていたい。

 

 

典型的なそういうやつで、あたし向いてないよ~みたいな気持ちになるけどまあみんなそんなもんだろと思ってあんまり気にはしていない。

 

そういうもんでしょだって。

 

受験のためにビリビリ爪の先まで神経質になっていたあのときに比べて気持ちが緩むのは仕方の無いことで、

それだからといって変に気を落とす必要は無いと思っている。

 

 

それよりも今やるべき目先のことに集中すべきでしょ、

 

課題と課題とやりたいことに挟まれて寝てる暇なんかないけど連休で惰眠を貪ってしまったけど

遅めの冬休みと寝正月が来たと思って開き直ろうと思う。

 

過ぎてしまったのでこれからやるしかない。

課題の終わりが見え始めたのと同時にタスクの多さに目を回しているけども回している暇があるなら指を動かせ私。

 

 

とりあえず2月のバイトの目処もたったので安心して(?)スクーリングの安ホテルを予約した。

山形めちゃめちゃホテル安いけどいいの?ねえいいの?って気持ちになるよ。いいの。

 

お金がかかることもわたしがダメダメなことも今始まったことではないので気にしていない。

 

その分働けばいいしどこかでしわ寄せが来るのを分かってサボっているんだからやればいい。

 

 

今年の目標としてたてた弁当を忘れない、を達成すべくリュックの中に突っ込んで登下校している。

なかなかよい。

 

 

 

 

死に急ぎ野郎

また2018年も生きてしまったらしい。

生きている実感が持てるのは少ない時間だけど、それでも生きていたとかんじる。

 

Facebookしか振り返れるものが無い。フォーサイトもあった。

 

1月に自主企画としてはワークショップを開催したり、気仙沼市の防災フォーラムで登壇者として話したりもしたのに、課研最終発表会でインフルエンザになるという戦犯。

 

2月には鹿児島訪問と「島へ。」の報告会。地元への貢献に自分ながら賞賛したい。

バレンタインデーで激モテ。

 

3月は気仙沼にきたインターンにきた大学の先輩とお話したり。東京ツアーでマイプロ全国大会の見学と底上げ報告会に出たり。

 

4月はひたすらに部活が上手くいかなくてほんとうに辞めてやろうかと思っていた。最後まで上手くは行かなかったけど。

 

5月。ゴールデンウィーク社会福祉部でボランティア研修会を企画。相方にも講師で来てもらう。芸工大のオーキャン。焦り始めた。日本史の朝課外に出始める。人生でランキングに入る大戦犯を犯して死にかける。

 

6月の記録がない。AOに向けていろいろ始める。協力してくれた先輩ありがとうございました。大好きな相方の誕生日に2年連続時計を贈るミス。エムズに出没する。

 

7月から面接練習を始めた。相方がこない芸工大のオーキャン。島の海の家でバイトを始める。久々に児童館でぼっちボランティアをする。

 

8月はとても楽しかった。課外に行きながらバイトをこなす。SUMMER IDEA CAMPのメンバーがすき。ジュニアとして最後の活動の宮城っ子にいく。たまに文化祭の準備をした。文化祭の合唱コンクールでみんなが優しくて泣いた。エントリーシートが書けなくて教室で泣きわめく。

 

9月1日に文化祭。はじめて友達がいたのでたのしかった。12日に受験、21日に合格発表。合格発表の日に友達とゲーセンで発表を待つ。受かったことを報告せず、落ちた疑惑がでる。デザセン決勝にのこる。例大祭

 

10月は山形。マイプロ東北カイギ、スクーリング、デザセン決勝。山形に5泊した。デザセンは市民賞。

各準備やらで友達に迷惑をかけながらも走りきる。よく生きた。誕生日に水族館に連れてってもらう予定が、松葉杖できた奴がいてバチバチにけんかする。仕事のできない運動祭実行委員をした。過呼吸起こしながら課研の最終発表会にでる。

 

11月の記憶が無い。多分テスト。コンポジウム気仙沼2018に高校生代表として呼ばれて登壇。べた褒めされる。チラシ作り教室とやらに誘われていってみた。たのしかった。友だちとすきやきをする。

 

12月も気づいたら終わっていた。ビジコンが決勝に残りプレゼン。最優秀賞をとる。友達と後輩のマイプロにちょっとずつ協力する。スクーリングが近づき課題に焦る。気仙沼マイプロを辞退し、母とハンドメイドで店をやる。イオンの成果コーナーでバイトを始める。

 

 

まあまあ充実していたのではないでしょうか。

最近はデザセンとビジコンのプランを実行するためにコソコソ進めています。

 

振り返るもクソもなくその場その場ガムシャラで生きてきました。全力で走って転んで這いつくばって2018年も生きて来ました。

 

きっと来年も這いつくばって惨めに泥水を啜りながらも、しぶとく卑しく生き続けるのだと思います。

 

人間、卑しいくらいが人間くさくてわたしはすきです。

私はわたしが大好きだし、大嫌いです。全部好きになることは多分ないけど、18年生きていちばん自分が大好きな年でした。大嫌いになった年でもありました。

 

私の出来ないこと、苦手なことを痛感する1年で、とってもたくさんの人に迷惑をかけました。

 

それでも例年と違うのは今年はクラスにちゃんと友達が出来ました。

文化祭も運動祭も放課後の寄り道もテスト明けのゲーセンも、世界が滅んで欲しいくらい悲しい気持ちの時も、パニックを起こして浅息ついている時も、一緒にいてくれた友だちに感謝してます。

 

そして相も変わらずこんな私と一緒にいてくれる相方には、感謝してもしきれないです。今年もその先も相方でいてもらわないと困る。2018年は私がキレるという新しい戦争方法が出来ました。平和に生きましょうね。

 

 

わたしは、もっと欲にまみれて、世の中の並にに翻弄されながら、がむしゃらに2019年もわたしを生きていこうと思います。

 

不格好でも無様でも惨めでもいいです。

実際来年から貧乏学生なのでみんなと同じようにご飯も服も買えなかったり、外食にも行けなくて付き合いが悪いって惨めな思いはすると思う。でもそこで学ぶと決めたのは私なので、覚悟を決めるしかないです。

 

死なないくらいにわたしなりに頑張ります。

 

たまに落ち込んでたらタピオカかじゃがりこ奢ってください。

 

 

バ先

バ先って言ってみたかった。

イオンの青果コーナーで短期バイトしてます。

私に与えられた仕事はみかんの検品です。その日の分のみかんを見終わると袋詰めとかをしてます。人生30周分くらいみかん触った。

 

 

そんなバ先で出会った人とものを紹介します。

 

 

・鉈みたいな包丁

はくさいとか切るやつ。腕くらいならイケる。

 

・全自動ラップ切り機

あてるとスってきれる。たぶん熱いやつ。

 

・めちゃめちゃやりづらいテープラー

袋をガッチャンするやつ。高確率で手が痛い。

 

・野菜と農家に厳しいマネージャー

腐ったレタスを叩きつけて蹴り飛ばす。顔は梶原さん。

 

・私にみかんを勧めるオバチャン

もういらないって。

 

・娘がバイトさせてもらえないオバチャン

娘も息子も気高らしい。

 

・背の小さい男の人

絶対にどこかで会ったことある。

 

・クオリティキーパーおばあちゃん

食品のところなのに帽子をかぶってくれない。

 

・ネビル=ロングボトム

顔も声もそのもの。仕事が出来る。

 

・私にみかんを勧めるオバチャン②

ポケットに入れてくるし口に入れてくる。

 

・べたべたのみかん

触りたくない。

 

・後輪の動かないストッパーのない台車

じっとしててくれるかな。

 

・2個セットのセロテープ

片方しかセットされてない。

 

・なまちゃん

隣の席。冷やかし。妹連れ。

 

・あゆ

割と仲がいい友達。たまたま会った。来年からスーパー勤務。

 

 

追加します。

 

 

好きこそ

物の上手なれですか?それとも好きの横好きですか?

 

わたしはどちらでしょうか。

 

 

隣の席の友達が音大を目指して勉強しています。

私は音楽のことはあまりよくわからないけどとっても歌もピアノもサックスも上手いです。

 

ときどきぽろっと、

「世界の民謡を生で聞く旅に行きたい。コンサートをひたすら聞いて回る旅行がしたい。」

って言います。

 

それを聞いた時は、彼女は音楽が好きなんだなとしか思わなかったし、クラシックだけじゃなくて民謡とかにも興味あるんだなあとしか感じなかった。

 

 

大学から出された課題のために地域人という雑誌を最近よく読んでいる。

日本各地の地域のための新しい取り組み、美味しいお酒、美味しいお米、肉、さかな、温泉、豊かな自然、魅力的なゲストハウスと旅館、人柄、イベント、風習、気候、おまつり、

 

全部見て回って食べて、話してきたいと思った。自分で見に行きたいと思った。日本だけじゃなくて海外のランドスケープデザインも勉強しに行きたいと思った。

 

ここで気づいたのが、隣の席の友達と同じだったということ。

 

彼女は音楽が好き。私は‘ 地元’ がすき。

 

なあんだ簡単なことかと思ったけど私は彼女のようにピアノは弾けない。サックスも吹けない。

 

私のすきに対する物の上手なれの物がわからない。上手かどうかを図る定規を持っていない。

横にズレているだけかもしれないのかもしれない。

 

 

放課後用があって担任と喋ったら2年ぶりくらいにまともに褒められました。(3年間担任)

虫の居所がよかったのか。

 

あんたは高校生活ほんとに楽しんだね。ほんっとにいろんなことやったね。来年からも楽しみだね。気が向いたら帰ってきてください。

 

ちょっとビックリしすぎてしばらく気持ち悪いしか出てこなかった。

褒められるなんて思ってなくて、むしろバイトの件でおとがめ?とか思っていたのに。

心底に気持ち悪いしどこかがかゆい、

 

 

褒められなれていない。

 

 

縦に伸びますか、横にずれますか。

それは私次第であって、人に問うものではなくて。

 

 

コミュニティデザインの本を読んでいると悲しくて悔しくて泣きそうになる。

 

デザセンのニコ生の画面に一瞬流れた汚染の文字が頭の中で反芻されている。

 

地元を胸張って誇れない自分が悔しい。気仙沼ばかりいて島に還元できていない自分が恥ずかしい。

島うまれ、島育ち。

 

 

 

わたしは縦に伸びますか、

わたしは好きなことで生きていけますか、

 

 

逃げ

ジュニアリーダーをやらなくなったのは単なる私の逃げです。

 

活動する楽しさよりも辛さの方が上回ってしまって、続ける労力とお金をほかのことに使った方が私にとってプラスになると思いました。

 

 

然の家の人に顔覚えられるのも、周辺の施設の構造を知り尽くしているのも

普通でした。

 

毎月、毎週どこかにでかけて子どもたちにもみくちゃにされて、

 

すきでした。

 

 

何かを語るほどの経験があった訳では無いし、後輩に誇れるほどの技術があった訳でもないです。

 

 

やろうと思ったら、続けようと思ったら続けられることでした。

私が嫌になって逃げました。

 

 

 

やらない、と決めた途端楽で楽で仕方なくて

手伝いに行っていたイベントの報告とか、交流会のツイートをみるたびにさみしくはなるけど

 

そんなのと比べ物にならないくらいやりたくない気持ちの方がおおきい。

 

 

 

 

結局、私は私がいちばんかわいいので

私がつらいことで任意のことはやらないと決めました。

 

純粋で無垢な子どもたちと遊び続けることへの後ろめたさと妬ましさも

その裏側にあるどうでもいい大人達のいざこざも

 

手放しで楽しめるほどわたしは子どもじゃなくなったんだと思います。

 

 

 

やれない理由を環境と人の恵まれなさのせいにするのはあまりに簡単過ぎます。

確かに最悪だなあとは思うけど、やれない理由にするにはどうでもよすぎる。

 

私が、いやだから、やめました。

 

 

 

子どもがこわい。

 

未来ある子どもたちの大事な時間に関わることが怖い。

 

幸せそうな、楽しそうな子どもたちをみて悲しくなる自分が嫌い。うらやましくなる自分が嫌い。

 

大人になれたと思いました私。なれてませんでした。

 

 

この間18歳になりましたが、

まだ私の中見は一緒に寝泊まりした小学生たちよりもずっと幼くて、頭が悪い。

 

その頭の弱いこどもを内に抱えたままでこどもたちと関わり続けるのは耐え難いです。

 

 

むかしむかし、

子どもたちが私のような気持ちになりませんようにとなにかしたいと思っていましたが、

まだまだ自分が子どもなので、まず自分が大人になるべきだと思いました。

 

子どもの私にジュニアリーダーをやる資格はないとも思いました。

 

なのでこれは逃げです。どうぞ責めてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

これはわたしが言えたことではないですが、

 

はやくジュニアリーダーとシニアリーダーが無くなればいいな、と思います。

 

純な気持ちで新田新一郎が始めたジュニアリーダーは今どこにありますか。

 

ジュニアリーダー同士の諍いなんて見たくないし、ましてや大人たちのどろどろした全くこどもたちに必要のない話なんて馬鹿げているとは思わないんですか?

 

たかが会長を決めるために喧嘩して現場にまでその空気を持ち込むなんて、

 

ジュニアリーダーだからそんなことが起きるならはやくなくなって欲しい。

 

行政の下出なきゃ中高生が活躍できないなんてせますぎる。

早く、もっと自由に

 

子どもたちのためになりたい中高生が好きなように活動出来るようになりますように。

 

紙一重

馬鹿と何とかは紙一重って言いますよね。私は後者になりたい。

 

帰りの車でおさつプリッツに夢中になっていたら読みかけの本を車に忘れてきてしまってとても悲しい。あとちょっとで読み終わるところだったのに。

 

 

それが普通だと思っていたけど最近どうにも伝わらなくて自分が特異だと気づいたことがある。

 

 

みんながみんな頭の中で動画が作れるわけじゃないらしい。

 

少し前に夢を見た話をされた。

明晰夢までは行かずとも夢だ、って気づいた夢の話。

その人は夢に出てくるカラーバリエーションが少ない。基本的にいつも同じような色で白黒に近いらしい。

 

 

私もよく明晰夢を見る。

夢の中で夢だと気づきながらもああしようこうしようって夢をやり直したりできるときもある。

 

夢だと気づきながらも自分で操っているせいかとてもよく覚えていて、

たまに夢だったのか現実だったのか分からなくなってしまう。

 

幼少期の記憶をたどってままにこんなことあったよね、っていっても通じない場合が多々ある。たぶんそれは夢らしい。

 

 

本を“読む”っていう感覚が余り無い。

本が勝手にテープレコーダーみたいに読み聞かせしてくれる。

よく本が想像していた声と違う声でびっくりする。未だにこの話に共感してもらえたことがない。

 

字しかない本だとしても本に読み聞かせをしてもらいながら頭の中で動画が流れる。

 

多分その動画は自分の解釈でしかないからあとから物語の映画なりなんなりを見て全然構図が違ってかゆい。

 

物語の出ない場合基本的に著者の声を勝手に想像して喋ってもらっているので本人と会ったりテレビにでているのを見てすごく頭の中が噛み合わない気持ちになってしまう。

 

 

勝手にしゃべってくれるので読むのがとてつもなくはやい(らしい)

 

この前エムズに行った時に「本読むのはやい人は内容を理解していない」って言われてしまった。

 

どうなんだろうか。

別に内容を覚えていない訳では無い。それなりに書いてあったことは覚えているし、もう1回面白かったら読むし、面白くなかったら読まない。

 

たぶん普通に読むより音声として頭に残るからただ読むのがはやい人より覚えていられるのかもしれない。

 

誰かに読み聞かせしてもらっている、ということは私は本当は本が読めないのかもしれない。

 

文字が映像に勝手になってくれるから、本当は文が読めていないのかもしれない。

 

 

少し前にTwitterでそこそこバズっていた、鉄塔が縄跳びしている動画がある。それを見て勝手に頭の中でドシンドシンってきこえないひとときこえるひとがなんちゃら~みたいな。

私は後者だったけど、詳細についてあんまりおぼえてない。動画が面白いからぜひ調べて欲しい。

 

 

なんでもない所に音声と動きをつけるのが得意かもしれない。

 

今日、読んでいた本の紙がそろっていなくて(新書にありがちな紙のずれ)それがとても嫌で

「これジャギジャギなのちょういや。」

っていったら凸凹だよ、、って言われた。

 

擬音がほかの人と少し違う自覚はあるけど、そんなにジャキジャギだめすか?ジャギジャギしてないすか? 

ジャギジャギだと思うんだけどなあ、、

 

 

 

これを読んでいるような方は深テンが何かをご存知でしょうか。

へんな高校生とそこのOBOGが集まってたまに電話してたりする変なグループです。

 

そのグループ内に現実の二次創作的なメンバーを登場人物とする、続きもののssがある。

 

もうしばらく長いことやってて、メインストーリーを書いてるのは別の人だけど、私もサイドサトーリーとしていくつかssを書いている。

 

その書き方の話になった。

このセリフをこの人に言わせたいがためにストーリーを考えるタイプ

オチから先に考えるタイプ

描きたい内容が先に浮かんでそれに肉付けするタイプ

 

私は簡単な場面と登場人物をきめたら、あとはみんなが勝手にしゃべってくれるタイプ

 

お恥ずかしいことに昔某小説サイトでイキリ倒していた時代があった。

その時も勝手に登場人物が喋っていてくれたような気がする。

 

確かに展開を考えるために動向は考えるけど、基本的には喋ってくれたことを文字に起こしているだけ。

どなたでもいいので共感者が欲しい。

 

私の頭には小人が住んでいるんでしょうか。 

 

私の頭に住んでいるあなたと、ほんとうのあなたが食い違っていたらとても申し訳ない。勝手にキャラが独り歩きしてしまわないように、ちゃんと僕はこれが好きです。私はこれが嫌いですって教えて欲しいです。

 

 

 

なんの話しをしたかったのかと言うと、誰かに私は他の人と違いますか?と問いたい。

 

共感者を得ることが出来ていない事の方が多くて、

それは単に私が関わっている人が狭いだけなのかもしれない。

 

これを読んでいる人で共感してくれる人がいたら、その人について分析すると、それは私を見つめ直すことにもなるのかもしれない。

 

 

東京に行った時にデザイナーさんの家にお邪魔させてもらった。

その時にジャンプする鉄塔の動画を見せたら音がすると言っていた。

 

どういう人が音がするとかは忘れてしまったけど何となくわかる気がする。

 

 

頭の中で想像した出来事は動画になる。

妄想癖があるのは単に妄想が具体的に捗りすぎるから?

 

 

思ったより多くの人から共感が得られて、私が普遍に埋もれるならそれより嬉しいことはないと思う。

 

変な人なら変な人なりの生き方があると最近思って開き直り始めてはいるけど、

世界が狭いくせに変な人だと自分を決めつけて生きたくは無い。

 

普通だとしても、その普遍に埋もれてしまわない個性を自分で見いだしたいと思う。

 

なんとかとなんとかの紙の表と裏にある人達は、絶対にその普通の型にはハマらなかった人なんだろうな。

 

 

 

普通なら普通なりに変なことをしたいし

変な人なら変な人なりに後者だと呼ばれるように生きたい。